2011年5月7日
Chapter-339 シュレーディンガー猫状態光パルスの量子テレポーテーションに成功

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 東京大学大学院工学系研究科の研究チームがシュレーディンガーの猫とアインシュタイン・ポドロスキー・ローゼンのパラドックスを実験室内で同時に実現し、それらを組み合わせてシュレーディンガー猫状態光パルスの量子テレポーテーションに成功した、と発表しました。

 シュレーディンガーの猫は舞台設定としてまず1個の放射性原子を放射線検出器のすぐ近くに置いた状態を考えます。そうすると、量子力学の決まりに従って、時間とともに原子核が崩壊し検出器が反応した状態と、核は崩壊せず検出器が反応しないままの状態という2つの違った状態の重ね合せへと連続的に移っていきます。そして、観測者が放射線検出器を調べたときにどちらか一方の状態へと状態が決定します。

 オーストリアの理論物理学者、シュレーディンガー博士はこのような量子力学的解釈に反論し、研究者が検出器を確認するかわりに、検出器に猫毒殺装置を接続し、生きた猫とともに箱に入れることを考えました。この場合も量子力学の決まりに従えば、やがて箱の中は猫の死んだ状態と生きている状態との重ね合せに移っていくことになり、研究者が中をのぞいた途端に猫の生死が決まるということになります。

 この考え方には明らかに違和感がありますが、それはこの考え方が2つの未解決の問題を含むからです。

 1つは本当に研究者が箱の中を見ることによって猫が生きているか死んでいるかが決定するのか、という点です。反論としては、量子力学的な観測の理論を批判し、検出器が作動した時点で猫の生死が決定するとしています。つまり、猫は量子論的な現象である放射性元素の崩壊を検知しているのではなく、放射性元素の崩壊を記憶しているに過ぎないという考え方です。

 もう1つの問題は、シュレーディンガーの猫の思考実験は、1個の原子核の崩壊という量子力学的過程が猫の生死というようなマクロのレベルにまで増幅されることをいっているわけですが、そもそも猫に対しても量子力学の重ね合せといった考え方が実際に妥当するのかという問題です。原理的には猫も細かく見ればミクロな構成をもつ以上、量子力学は猫にもあてはまるべきだと言われています。

 もうひとつのアインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックスは頭文字をとってEPRパラドックスと呼ばれますが、これは、量子力学のある考え方と相対性理論との矛盾を指摘するパラドックスです。

 ある素粒子が崩壊して、二つの電子になると、二つの電子は互いに異なる方向に飛んでいきます。この時、それぞれの電子がどのような状態になっているかは量子論的な問題です、つまり、観測することによってその状態が確定します。元々は一つの素粒子だった二つの電子は角運動量保存則により、性質は正反対でなければならないという決まりがあります。そのため、観測した側の電子の状態が決定すれば、そのとき、残りの一個の電子の状態は必ず測定結果と逆の値を返すことになります。

 ならば、粒子が崩壊して十分な時間が経過し、二つの電子が遠く離れた場合、片方の電子の状態の決定の影響が光の速度を超えてもう片方の電子に伝わることになります。けれど、相対論によると、光速を超える相互作用は因果律を破るため禁じられていて、この点で、量子論と相対論との不整合が生じるように思われます。現在ではこのような現象が起きることはEPR相関と呼ばれ、量子もつれ状態特有の現象として理解され実験的にも確認されています。

 これらは20 世紀初頭の量子力学黎明期には頭の中で行う思考実験だったのですが、近年は技術の進歩によって実験室で同時に検証できるようになりました。その具体的なかたちが、今回成功したシュレーディンガー猫状態光パルスの量子テレポーテーションです。

 量子テレポーテーションというのは、量子もつれ状態にある2つの量子を情報の送り手と受け手で1つずつ持ち、先ほどのEPR関数を用いて送り手側が量子を測定することによって、測定の影響を受け手にあるもう片方の量子に及ぼし、送りたい状態を受け手側に出現させる量子操作です。

 シュレーディンガーの猫では、生きた猫と死んだ猫の重ね合わせの状態であり、観測すると生きた猫か死んだ猫のどちらかになるということでしたが、今回の実験では猫は使わずに、これを位相が反転した光の波動の重ね合わせとして実現しました。また、量子テレポーテーションでは、量子もつれ状態にある2つの光ビームを生成し、片方への測定がもう片方へ及ぶことを用いて、シュレーディンガーの猫状態にある光パルスを伝送しました。つまり、重ね合わせの状態を保って伝送に成功したということになります。

 ここで重要なことは、猫は現実には生きた状態と死んだ状態の重ね合わせ状態で私たちの前に現れることはできず、それを直接測定すると生きた猫か死んだ猫になってしまい、重ね合わせの性質が失われてしいますが、量子テレポーテーションでは、送信者側の測定が間接測定になるため、重ね合わせの性質を失わずに送ることができます。つまり、量子テレポーテーションは、測定により壊れてしまう重ね合わせ状態を送れる唯一の方法で、今回、これを目に見える形で実現に成功したことになります。

 この成果は、量子力学基礎の検証という意味ばかりでなく、量子情報通信・量子コンピューター実現に向けた大きな一歩である。特に、超大容量光通信への極めて重要な一歩となります。

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 1965年生まれ
 島生まれの島育ち
 応用微生物学専攻
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