Chapter-136 ヴォイニッチの科学書流「クマムシ?!」
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2006年11月18日 (前回の放送|次回の放送)
岩波科学ライブラリーから出ている鈴木忠(あつし)さん著「クマムシ?!」はみなさん、お読みになりましたでしょうか。
クマムシは非常に小さなムシです。大きなものでも1mm程度しかなく、ほとんどのものは0.1〜0.8 mmしかありません。ただ、ムシとは言っても昆虫ではありません。
クマムシは緩歩動物門と呼ばれる生物の集団を構成する動物で、足は8本ありますが、顕微鏡で見ると熊のような見た目でのそのそ歩きます。決して珍しい生き物ではなくて、コケの中に普通に生息していますので、比較的簡単に観察することができます。
このクマムシ、不思議なのはその姿形よりも、生命の強靱さだと言えます。
強靱さの一例として、乾燥に強いという点があります。
私たち人間のはるか祖先は水の中で誕生した生物でした。そのため、陸上生活をしている私たち人間も身体のほとんどは水でできており、水があらゆる生命反応に必要な環境を提供し、水無しでは生きることができません。人間の場合、わずか10パーセントの水分が低下しただけで、筋肉の痙攣が起こり、循環不全、腎不全になってしまい、20パーセント不足で死に至ります。
クマムシは乾燥した環境に長時間晒されると手足を引っ込め て丸まり、身体の中の水分を徐々に失ってタル型と呼ばれる乾いて眠ったような状態になります。この状態のクマムシは生命を維持するために必要な代謝反応をほぼ完全に停止しています。ところが、水が与えられるとただちに元通りの活動を始めます。
細胞が乾燥に耐えるメカニズムとして現在知られているのはグルコースが2つ結合したトレハロースが細胞の中で大量に合成され、これが水と置き換わることによってタンパク質などが乾燥によって壊れることを防いでいるというメカニズムがあります。
通常の乾燥に耐える細胞では細胞の重さの20パーセント程度がトレハロースに置き換わっているところが、クマムシが休眠と再活動をする様子を詳細に調べると、クマムシにはわずか2パーセントしかトレハロースが存在せず、このようにわずかな量では従来の説による細胞の保護は難しいと考えられます。
その他、トレハロースを分解する仕組みがほとんど無いこと、クマムシはわずか数時間で身体の構成を組み替えて乾燥に耐えることができることなどから、クマムシはまだ知られていない未知のメカニズムで乾燥に耐えているらしく、ある種の特殊なタンパク質が細胞保護機能を担っているのではないか、など様々な仮説が立てられています。また、今年になって、トレハロースを作る遺伝子を破壊した酵母も乾燥に耐える能力があることが発見され、トレハロースの意義も今まで私たちが考えていたものとは違っていた可能性も生まれ、世界中の研究者たちが生物が乾燥に耐えるメカニズムの解明に挑んでいます。
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