ライブ & MP3orREALオンデマンド & ポッドキャスト
このページはインターネット放送局くりらじが毎週放送している科学情報ネットラジオ番組「ヴォイニッチの科学書」の公式サイトです。放送内容の要旨や補足事項、訂正事項などを掲載しています。 ■ポッドキャストアワード2006
で第一次審査を通過しました。 [バックナンバー] [この番組の担当は・・・] |
Chapter-122 アルツハイマー病患者の脳を調べた結果、神経細胞の変化、萎縮、消失、老人斑と呼ばれる模様の発生などが観察されました。老人斑ではアミロイドβタンパクと呼ばれるタンパク質が集まって沈着していることがわかっており、このアミロイドβタンパクのまわりに、元々脳で情報伝達などの役目を担っていたはずのグリア細胞と呼ばれる神経細胞が周囲を取り囲んでいる状態になっていることもわかっています。けれど、タンパク質が集まることがどのようにして神経細胞の死滅へつながるのかについてはよくわかっていません。 東京医科歯科大学難治疾患研究所の研究チームはこの神経細胞死滅のメカニズムに対して、トリアドと名付けられた新しい細胞死を提唱しました。トリアドは細胞の中で細胞の生命を維持するために必要なタンパク質の合成を遺伝子レベルでジャマすることによって少しずつ細胞の機能を低下させ、やがて細胞死に至らせるメカニズムです。 アルツハイマー病患者の脳の中で起きている細胞死のようすを検討した結果、その細胞死はゆっくりであることがわかっています。これまで知られていたアポトーシスもネクローシスも数時間というレベルで細胞が死滅してしまう急激なものですので、このメカニズムでは何年もかけて進行するアルツハイマー病を説明することは困難でした。けれどトリアドは基本的に細胞は生かした状態で内部から少しずつ機能を低下させるため、非常にゆっくりと細胞死が進行し、このようすとアルツハイマー病の進行は関係があるように見えます。この発見は神経性疾患の研究や治療方法の開発に大きな影響を与える可能性があります。 また、別の研究ではアルツハイマー病をワクチンで治療しようとする研究も1999年に最初の論文が発表されて以降、進んでいます。 ワクチンはインフルエンザの例でわかるように、病気の原因となるウイルスや細菌の死体、あるいは病原性を弱く改造したウイルスなどを人為的に体内に入れ、それに対する身体の抵抗性をあらかじめ作り出して準備をしておくことによって、本物のウイルスや細菌に身体を抵抗させようとするものです。 アルツハイマー病はウイルスや細菌が原因では無いと思われますが、ここでウイルスに相当するのは前半で紹介したアミロイドβタンパクです。つまり、アルツハイマー病のワクチン療法ではあらかじめアミロイドβタンパクを投与することによって、私たちの身体にアミロイドβタンパクを除去する能力をあらかじめ用意させ、本番のアミロイドβタンパクが生まれたときにはこの能力によってアルツハイマー病に進行することを抑制しようとするものです。この方法はパーキンソン病などその他の神経性の疾患にも応用が可能であると思われ現在鋭意研究が進んでいます。 このワクチン療法には、さまざまな実施方法が考えられますが、人間に対する臨床試験もすでに2000年頃から開始されていました。臨床試験の結果老人斑の消失、つまり、アルツハイマー病の治療に成功していた可能性が見いだされましたが、2001年に実際のアルツハイマー病患者にワクチン療法を行った臨床試験において、患者300人中18人に脳の炎症が起き、1名が亡くなりました。なお、ワクチン療法が実際に効果があることは、この亡くなられた1名の患者さんとその家族の研究に対する理解によって、死後研究目的の解剖が許され、それによって確認することのできた貴重な1例となりました。 ワクチン療法が実際に老人斑を消す働きがあることが人間で確認されましたので、現在はより安全な方法でワクチン療法を行うにはどのようにすれば良いかについて研究が進められています。
[最新科学おもしろ雑学帖で今回の番組関連する話題は] |