Chapter-103
抗老化ホルモンとは?
2006年4月1日 (前回の放送|次回の放送)
[抗老化ホルモンとは?]
この抗老化ホルモンの実体は「クロトー」と名付けられたタンパク質です。これを発見したのはアメリカテキサス大学黒尾誠助教授らの国際的な研究チームで、アメリカの科学雑誌「サイエンス」2005年9月16日号に発表されました。
研究者らは高血圧の研究を行うにあたって、ある種の遺伝子を過剰に発現するマウスの作成を試みていました。この過程で偶然得られた突然変異マウスが動脈硬化や骨粗鬆症、肺気腫などの人間の高齢者に特有の症状を呈する老化モデルマウスだったことに気づきました。このマウスが人間の老化と同じ症状を示す原因を探った結果、これまで知られていなかったタンパク質が原因であることを解明し、ギリシア神話にちなんで「クロトー」と名付けて1997年にイギリスの科学雑誌「ネイチャー」で発表しました。「クロトー」はマウスに元々存在しているタンパク質で、ヒトにおいても遺伝子が存在することがわかっていますが、老化マウスではこのタンパク質を作り出す遺伝子が破壊されており、体内の「クロトー」が不足して早期に老化が進行しているようでした。
「クロトー」が不足して老化が進行するなら「クロトー」を過剰に作らせたらそのマウスはどうなるのだろうか、そう考えた研究者らは遺伝子操作で「クロトー」の血液中濃度が通常の2倍にもなるマウスを作り出し、その寿命を調べました。その結果、そのマウスは雄で20.0%から30.8%、メスで18.8%から19.0%寿命が延びました。マウスの寿命は摂取するカロリーや酸素量で伸び縮みすることがすでにわかっていますので、研究者らはこれらのマウスのエサを食べる量や酸素消費量を測定しましたが、これらの影響は受けておらず、純粋に「クロトー」量によって寿命が延びていることが確認されました。
「クロトー」は細胞内へのインスリンの取り込みに関わっているようです。インスリンは膵臓から分泌されるホルモンで血糖を減少させる働きを担っています。血糖が増えるとインスリンがそれを感知して細胞に糖を取り込むように指示します。この時インスリンは細胞膜のインスリン受容体に結合し、細胞内にインスリンシグナルが流れますが、このシグナルが働きすぎると糖が過剰に細胞内に取り込まれ、細胞の老化が進行すると考えられています。ここで、「クロトー」が働くとインスリンシグナルの伝達が途中で遮られ、老化を抑えると考えられます。これまですでに、インスリンの作用を抑えることによって線虫からマウスまでの様々な動物の寿命が延びることはわかっていました。
「クロトー」は通常血液中に存在して全身を循環し、必要に応じて細胞表面のレセプターに結合することによって、インスリンとIGF1と呼ばれるインスリン様成長因子の働きを抑えるため、ホルモンの一種であるといえます。
「クロトー」の作用をさらに詳細に検討することによって、老化によって生じる様々な疾患を予防する方法を見いだすことができる可能性がありますが、「クロトー」が細胞に作用する際のレセプターはいまだに同定されていないため、まずはこのレセプターを同定しレセプターと高い親和性を持つ低分子の有機化合物を合成するというアプローチになるのではないかと思われます。
「クロトー」の他にも、線虫で発見されているage-1という遺伝子は、これを破壊すると線虫の寿命が2倍に延びることがわかっていますが、これに似た遺伝子が哺乳類でも機能していることがわかっていて、やはりインスリンのシグナル伝達に関わっているようで、インスリンシグナルと寿命の関係は非常に重要なポイントであるように思われます。
拙著「最新科学おもしろ雑学帖」をお持ちの方は127番に「テロメア説による老化の解明」、128番に「延命薬の手がかりが見つかった」を読んでいただくと老化に対する理解がより深まると思います。
[魚を食べると認知機能障害の進行を遅らせることができる]
シカゴのラッシュ大学の研究チームは週1回以上魚を食べることによって高齢者の認知機能障害の進行を遅らせることができると発表しました。
魚には脳の機能を正常に保つために必要なω-3脂肪酸と呼ばれる物質が含まれていることがすでにわかっています。しばしば耳にするDHA(ドコサヘキサエン酸)もこのω-3脂肪酸の仲間です。今回の研究では高齢者のシカゴ市民に対し1993年から定期的に面接調査を行いました。面接によって高齢者の認知機能を検査すると共に、食事調査ならびに日常生活習慣について調査を行い、認知能力の低下にどのような因子が関与しているかを調査しました。
その結果、魚を摂取する高齢者集団は認知機能の低下が少ないことがわかりました。特に、1週間に1回以上魚を摂取する人たちはそれ未満の人たちと比べると10〜13パーセントも認知症の進行が遅いことがわかりました。また、魚の摂取量を一定に保ち、野菜や果物の摂取量を変えても認知能力に違いはなかったため、魚屋果物よりも魚の摂取が効果的であることがわかりました。高齢者の認知機能の低下が病気であるのかそれとも正常な老化のプロセスであるのかはまだよくわかっておらず、魚に含まれる膨大な成分の中で本当に効果を発揮しているのはどのようなものなのかはわかっていませんが、今回の研究によって1週間に1〜2回の魚の摂取がこれを抑制できることは間違いないようです。
[総合科学技術会議、国家基幹技術5件を決定]
小泉純一郎首相が議長を務める政府の総合科学技術会議が2006年度から5年計画で研究開発に総額25兆円を投じることを目標とした「第3期科学技術基本計画」を了承しました。選ばれた5つの国家基幹技術プロジェクトは、
・国産ロケットH2Aの信頼性向上を狙う「宇宙輸送システム」
・「海洋地球観測探査システム」
・使用済み核燃料の再利用によって核燃料サイクルを推進する「高速増殖炉」
・「次世代スーパーコンピューター」
・原子レベルで構造解析を行うことができる「X線自由電子レーザー」
各プロジェクトは年間数十億―数百億円規模の資金が必要。安全保障や国際競争に不可欠と位置づけ、国主導で長期的に推進することになります。
[冥王星に新たに2つの衛星が発見された]
イギリスの学術雑誌「Nature」の2006年2月23日号に掲載された論文で冥王星に新たに2つの衛星が発見されたことが発表されました。
冥王星はこれまでカロンと名付けられた巨大な衛星を伴っていることが知られていました。カロンは冥王星の半分ほどもの大きさのある衛星ですが、冥王星はこのほかにももっと小さな衛星を伴っているに違いないと考えられていました。けれど、冥王星は地球からあまりに遠いためそれらを観測することはできていませんでした。今回、ハッブル宇宙望遠鏡で撮影した映像を解析することにより、直径数十〜百数十キロメートルの衛星が2個発見されました。
冥王星の惑星カロンは地球の月ができたメカニズムと同様の、冥王星に他の天体が追突することによって生まれましたが、今回発見された新たな小さな衛星はこの衝突時の破片ではないかと考えられます。
[エンディング・他局の科学番組放送予定]
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