インターネット科学情報番組
このページはインターネット放送局くりらじが毎週放送している科学情報ラジオ番組「ヴォイニッチの科学書」の公式サイトです。 [今週の Openig Talk] ■ひまわり6号運用開始 ■太陽帆船ついに登場 ■水星探査機メッセンジャーから地球と月の画像到着 ■イルカにも道具を使う文化がある? [最近の放送]>>バックナンバー [この番組の担当は・・・]
|
Chapter-69 量子テレポーテーション 私たちの身の回りには光を使った情報処理システムがたくさんあります。インターネットや電話回線などに使われている光ファイバーを使った通信回路、あるいはCDやDVDなどの光で読み出すメディアもこれに含まれます。 光は波の性質と粒子の性質を持っていますが、現在情報処理に使われている光はその波の性質を使っています。CDやDVDなどの光ディスクにおいてはより多くの情報を記録するためにディスク上の情報帰路機密度が著しく向上しています。トラックピッチというIT用語がありますが、これらディスクメディアの表面には同心円状に情報が記録されていてあるデータの列とその隣のデータの列との間隔のことで、間隔を狭くすればするほど同じ大きさのディスクにたくさんのデータの列を並べることが出来ますので記憶容量を増やすことが出来ます。 トラックピッチはCD-ROMでは1.6μmでしたが、4.7GBのDVD-RAMでは0.615μmとなりました。1μmは1mmの1/1000です。 この狭い間隔から情報を読み出すには読み出すために当てる光もトラックの間隔が狭くなることに対応して絞ってやらなければなりませんが、光のスポットはその波長より細くは出来ないことになっています。DVDの読み出しに使われる赤色レーザーの波長は0.650μmくらい、次世代の青色レーザーでも0.4μm程度です。実際にはトラックの間隔よりレーザーのスポット広くても良いのでもう少し余裕はありますがそれにしても限界に近づいてきています。 また、データの記録密度が上がるとディスクを早く回転させる必要があります。たとえば、音楽CDは700MBのデータを70分で再生すると概算すると、同じ速さで映画のDVD片面4700MB (=4.7GB) を読み出すと2時間の映画を7時間かけてスローモーションで見ることになってしまいます。つまり、記録密度が上がれば上がるほどディスクを早く回転させなければ成りませんが、そうすると、一つの情報記録部分から跳ね返ってくる光の時間、つまり量がだんだん減ってしまって、究極的には光子を1個2個のレベルで数えなければならなくなってとても実用化できそうにありません。 そこで、光を波ではなくて粒子として扱ってこの限界を乗り越えようというのが今回の研究です。これは量子論でデータを取り扱う研究といえるのですが、量子とは光のように粒子の性質と波の性質を同時に持った物質の性質を表す物理的な量の最小単位のことで、私たちの身体や身の回りのものすべてを構成しているあらゆるものが原子や分子のスケールでは量子的に振舞うことが知られています。 量子の世界では私たちが日常生活からは想像も出来ない不思議なことがいろいろ起きますが、今回のテレポーテーションもその一つです。SFの世界でなじみ深い瞬間移動テレポーテーションも現在の私たちの科学のレベルでは人間を瞬間的に移動させることは出来そうにありませんが、量子の世界ではテレポーテーションが起きることが1990年代後半に今回紹介する実験に成功した同じ研究者らによってすでに確認されています。この根幹になっている現象が量子もつれという現象ですが、これも私たちの普通の感覚では理解できません。たとえるなら、私の手元とあなたの手元にそれぞれサイコロがあって、私がサイコロを振ってたとえば1が出たらあなたのサイコロも勝手に1になるという現象です。そんなこと現実の世界ではあり得ませんが、量子の世界では起きます。このことを利用して量子テレポーテーションを行います。 今回の研究は量子コンピューターや量子通信ネットワークの基本技術となるものですが、これまで成功していた2つの量子の間のテレポーテーションはたとえて言うなら、私の家にはあなたの家に直通する電話があり、あなたの家には私の家に直通する電話があるというイメージです。これはこれで意味はあるのですが、やはり、私ははあなた以外の人とも連絡を取りたいし、あなたもそうだと思います。そのためには多くの地点を結んで通信ネットワークが出来ていないといけないのですが、その基本となる3者間でのテレポーテーションに今回成功したわけです。 ドラえもんのどこでもドアはドアをくぐった人が別の場所に移動でき、普通テレポーテーションといえばこういうイメージだと思います。しかし、量子テレポーテーションは少し違っていて、先ほどのサイコロの例がまさにテレポーテーションで私の手元のサイコロで「1」が出たらあなたのサイコロも「1」になる。サイコロを量子と見立てるとこれが量子テレポーテーションで、私のサイコロがどこかを移動してあなたの手元に行って「1」を出すというわけではなくて、私の手元のサイコロとあなたの手元のサイコロが何かでつながっていて同じ状態になる、ということです。 では何でつながっているかというと、これが「量子もつれ」です。量子は自然界ではバラバラに存在していますが、これに紫外線レーザーのパルス光を照射するという現在の私たちの科学技術で十分可能な操作によって量子もつれ状態を作り出すことが出来ます。 東大の研究チームはまず、光の量子状態を3個用意します。これが先ほどの例ではサイコロを持っている私とあなたと今回の実験で新たに仲間入りできた3人目の誰かということになります。この3個の光子は送信する人、受信する人、制御する人という風に役割分担して、この役割は自由に交代することが出来ます。まず三者にレーザーパルスを送って三者を量子もつれで結びつけます。 情報を送信したい人が送信したい情報を量子の状態として表現するとそれは量子もつれによって受信者と制御者に届きます。制御者も自分のところに届いた量子もつれの状態を測定し、受信者に送ります。受信者は送信者と制御者から届いた情報から量子情報を取り出します。送信者、受信者、制御者は互いに役割を交代することが出来ますので、この結果はすなわち三者間での通信に成功したと言うことになります。 これまで2者間で成功していた量子テレポーテーションが3者間でも成功したと言うことは4者間、5者間への発展の可能性があることが示された点で量子通信ネットワークの実現に非常に大きな意義があります。この実験の成果が偉大なものであることを認識したイギリスの科学雑誌「ネイチャー」では2004年9月23日号でこの研究を表紙に掲載してすばらしさをたたえました。 |
今週の話題に興味を持った方はぜひこちらの書籍も読んでみてください