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Chapter-34 今週は卵子だけでマウスが誕生したという話題をお届けします。 科学雑誌「Nature」に「卵子だけでマウス誕生」という記事が掲載されました。これはほ乳類において雌だけから子孫を誕生させるという単為発生という技術に東京農業大学の研究チームが世界で初めて成功したというものです。今週の番組ではこの単為発生に関する研究成果を紹介し、クローン技術と比較したいと思います。 単為発生=卵子が受精を経ずに発生を開始すること アリやミツバチはこういった生殖能力を持っています。しかし、わたしたち人間のようなほ乳類ではこういう卵子だけから子供の体を作り出すことは不可能だといわれていました。その理由は受精から個体の誕生までのいろいろなプロセスに卵子と精子の遺伝子がそれぞれ分担して関わっており、精子の遺伝子がないと精子の遺伝子によって行われているプロセスが正常に実行できないために細胞の分裂がうまくいかなくなるからだということがわかっています。 精子が持つ遺伝子も卵子が持つ遺伝子も人間の遺伝子一式すべてが含まれていますので同じものとも言えるのですが、あるプロセスには卵子の遺伝子を使用し、同じ機能を持つ精子の遺伝子は使用しない、別のプロセスではその逆といったように、卵子と精子の遺伝子を複雑に組み合わせて生き物の体は作られています。このように遺伝子が備えている機能をON、OFFする機能を持たされることをインプリンティングと呼びます。インプリンティングによってほ乳類は単為生殖ができないようにコントロールされていると考えられます。 今回の成功におけるポイントは、精子と卵子は明らかに違うものなのですが、卵子の元になる未成熟な卵母細胞は精子に非常に似ていて、つまり、先ほどの言葉では卵子としてのインプリンティングがされておらず、精子の代役ができるかもしれないと言うことに気づいた点にあります。ただ、非常に似ているとは言ってもそのままではやはり精子の代役はできませんでしたので、より精子に近い卵母細胞を作ることができるマウスを遺伝子を改変することによって作り上げました。この遺伝子改変マウスから取り出した卵母細胞は普通のマウスから取り出した卵母細胞よりもより精子に近い性質を持っていました。 さらに、別の通常雌マウスをを用意し、そこから卵子を取り出します。ここに精子を組み込んでやると通常の出産に至るわけですが、精子の代わりに先ほどの遺伝子改変マウスから取り出した未熟な卵母細胞の核をある成熟プロセスを経た上で移植します。次に化学物質で細胞分裂の連鎖反応が起きるきっかけをあたえてやるとこの移植した卵子の核は精子と同様の機能を発揮し、細胞分裂が始まり、マウスの体を作り始めると言うことです。 このような普通の卵子に特殊な卵子の核を移植する実験を約460回行い、そのうちの371個を母胎に戻すことに成功しました。そこから38匹の子供が生まれましたが、18匹は死産、8匹は生育不良で出産後すぐに死亡し、残った2匹が正常のマウスの子供として成育しました。2匹のうち、大人にまで成長したのは1匹です。この1匹は雌で、竹取物語で竹の切り株から見つかった女の子にちなんで「かぐや」と名づけられました。このマウスは、現在14 ヶ月で、既に12匹の子供を産んでおり、健康状態も非常に良好で、約1000の遺伝子を調べましたがどれも通常の雄と雌による出産で生まれたマウスと違いはなかったということです。 この単為発生とクローンの違いについて簡単に説明しますと、この単為発生は精子と同じ役割をもつものを卵子に移植して細胞分裂を開始させる技術です。今回は、その精子の代役に別の雌の卵母細胞の核を用いましたので、子マウスの誕生に雄が関わっておらず雌だけで子供が生まれる単為発生となります。 一方、クローンはクローン羊ドリーで有名な体細胞クローンを例にとると、通常の未受精卵から核を取り除き、そこに体細胞の核を移植し、仮親のお腹の中で細胞分裂を開始させます。元々の卵子からは遺伝情報を持つ核が取り出されていますので、この時点で母親の情報は削除されていますし、仮親は細胞分裂のための飼育箱のような機能を持つのみですので、生まれてくる子供には遺伝的な母親の概念が無く、体細胞を提供した動物のコピーとなります。単為発生には母親の概念があり、受精と類似したプロセスを経ます、さらに生まれた個体は母親のコピーでもないですし、卵母細胞核を提供した親のコピーでもなく、両者が遺伝子的に混合されていますので、クローンと単為発生は全く異なる発生の仕組みだと言えます。 なお、今回の研究将来的には、優良な家畜の育種や雄と雌の役割の解明につながっていくものと思われます。 |