2011年6月11日
Chapter-344 悪性腫瘍と胎生は進化の上でのトレードオフか
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生物には外来異物の侵入に対抗して生命を守るための免疫機能があります。胎児は半分は父親由来のため母親の免疫系から見れば外来異物となり免疫系の攻撃対象となります。そのため、真胎生を行う脊椎動物は胎児を外来異物と誤認して攻撃しないようにする仕組みを備えています。最近になって胎児が母親の免疫系からの攻撃を逃れる仕組みが明らかになりつつありますが、その仕組みの多くが悪性腫瘍が宿主の体内で免疫系から逃れて生き延びる仕組みと共通しているということが分かりました。
胎盤はHLA-Gという遺伝子を調整することによって細胞傷害性T細胞やチュラルキラー細胞などの免疫系細胞による胎盤の破壊を回避しています。HLA-G遺伝子は胎盤の他には卵巣癌、悪性黒色腫、乳ガンなどの腫瘍細胞においても活性化していることが分かっていて、胎盤を守るのと同じ仕組みで腫瘍細胞は守られて悪性化するようです。
さらに、心臓移植手術で全く拒絶反応を示さない患者では心筋細胞などにHLA-G遺伝子が活性化していることが報告されていて、宿主がガン細胞を受け入れるのと同様に移植された他人の細胞、つまり異物を受け入れる仕組みをこの遺伝子が発動しているようです。
進化医学の研究領域ではトレードオフという概念が重視されています。生命はいずれもより多くの子孫を残すことを究極の目的として、その目的を達成するために非常に複雑な体の仕組みを発達させてきました。異物を体内に宿して守り育てることによって子孫の生存率を高める胎生もその一つですが、胎生の免疫回避の仕組みを腫瘍細胞も利用しているとすれば、子孫を守り育てるその代償として、多くのほ乳類などが悪性腫瘍という疾患にかかるようになってしまった、と考えることもできます。
もちろん、このようなトレードオフについて問題があることは進化の記録からもうかがい知ることができ、化石での研究では無脊椎動物が同じ種でありながら、胎生と卵生を行き来していたり、胎生が進化の過程で何度も発明されたりしていることからもそれが想像できます。
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