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Chapter-35 数年前までは地震の専門家でさえ知らなかった巨大な地殻変動が2000年に初めて観測されていたことがわかりました。この地殻変動は「サイレント地震」と呼ばれる現象で高さが数百メートルにも及ぶ巨大津波を起こす可能性もある恐ろしいものであることがわかってきました。 サイレント地震が初めて確認されたのは2000年11月のハワイ島のキラウエア火山でのことでした。このときのサイレント地震は2000立方キロメートル(一辺13kmの巨大サイコロに相当)の巨大な岩盤が海に向かって移動し、このときに放出されたエネルギーはマグニチュード5.7の地震に相当するものでした。けれどもこの地殻変動が発生した時にそのことに気づいた人は誰もいませんでした。というのも、この地殻変動は岩盤が地下の断層に沿って36時間をかけて10cm移動したものだったためです。したがって、エネルギーの放出量は巨大地震に匹敵しますが、人間はもちろん地震計さえ関知することができません。このことがこの地殻変動をサイレント地震と呼ぶ理由でもあります。 2000年ハワイでのサイレント地震は、幸い何の被害も出しませんでしたが、もしこのような巨大な岩の固まりが動き出して弾みがつき巨大な地滑りを起こしたとすると、太平洋沿岸の国々に一斉に津波が襲いかかり、破局的な大災害を起こすことになります。というのも、通常の地震ならば断層に蓄積されたエネルギーは地震そのものによって開放され、断層のずれは止まります。これは、通常の地震がプレートの移動に伴う地殻の沈み込みのひずみがエネルギーとして蓄えられることによって発生するからで、ひずみが無くなればエネルギーもなくなるからです。ところがこのサイレント地震のエネルギーはひずみではなく、重力です。キラウエア火山のように溶岩が浸食されるまもなく次々に堆積した火山では、不安定で巨大な岩盤が重力によってより安定な状態になろうとして移動します。この移動のエネルギーは重力ですので、岩盤の移動によってエネルギーは開放されず、最悪の場合安定な状態になるまで加速しながら滑り続ける可能性があります。このことが通常の地震よりサイレント地震の方が危険であると言われる理由です。 キラウエア火山と同様の火山島は地球上の各地にありますが、その周辺の海底を調査したところ、地中海のマヨルカ島、大西洋のカナリア諸島などの海底で巨大ながれきの山が見つかりました。これらはすべて過去に発生した巨大な地滑りの痕跡であるといえます。また、ハワイのラナイ島では海抜325mのところで大量の貝の破片が見つかっていますが、ハワイ大学の研究でこれはかつてこの島を高さ300mの大津波がおそった際にできたものだということがわかっています。 このような巨大津波が起きるのは1万年に1度とも言われていますが、発生した場合の被害はきわめて大きいため、ハワイ島、ガラパゴス諸島をはじめとする多くの火山島にGPS観測網が整備されつつあり、地殻の変動をミリメートル単位で常に監視する体制が整いつつあります。 このようなGPS観測網がもっとも充実しているのは日本で現在、約1200カ所に観測装置が設置され巨大災害の全長をとらえる努力が行われています。このような観測網は1990年代以降に整備されていますが日本で最初にはっきりとサイレント地震だとわかる現象が確認されたのは1996年の房総半島でした。房総半島の東の端にある千葉県大原町に設置されたGPS観測点が1996年5月17日から1週間の間に2cmも南東に移動しました。2cmという移動距離は通常ならば1年をかけて移動する距離に相当します。このあたりはフィリピン海プレートが関東地方の下に潜り込んでいる地域で地殻にひずみが蓄積し限界に達するとプレートが破壊されて地殻が跳ね上がり巨大地震になることが予測されています。このときの千葉県大原町の2cmの移動の原因を調べたところ、海底プレート上の関東大震災の震源地とほぼ同じ付近で50km四方の範囲で最大5cmの近くの移動が起きていたことがわかり、これはマグニチュード6.4の地震に匹敵するエネルギーでした。 GPS観測点が整備される以前のデータを詳細に調べると、1944年の東南海地震、1978年の伊豆大島近海地震、1983年の日本海中部地震の前にサイレント地震が起きていた可能性が見つかり、サイレント地震は巨大地震の前触れではないかという見方も生まれてきました。東海地方の浜名湖付近では2001年からサイレント地震が続いており、この地域はいつ起きてもおかしくないとされる東海地震の想定震源域の中に含まれています。また、九州と四国の間の豊後水道付近でも1997年からサイレント地震の発生が観測されています。このサイレント地震が加速して大地震が発生する可能性は否定できませんので今後の注意深い観測が必要です。ただ、大地震とサイレント地震の関係は未だはっきりとは解明されておらず、現象としては同じサイレント地震でも房総半島のように一度近くが移動して収束するものと浜名湖や豊後水道のように数ヶ月から数年も続くものもあり、これらの違いが生じる理由もまだわかっていません。 いずれにしても、GPSなどの先端技術によって地震のメカニズムに新たな視点からアプローチする道が開けてきており、火山国日本に求められている地震予知技術の開発がさらに進展することが期待されています。 |