2009年12月5日
Chapter 267 プランクトンが住みにくくなる北極海

前回の放送トップページ次回の放送

 独立行政法人海洋研究開発機構とカナダ漁業海洋省海洋科学研究所の共同研究によって、太平洋側北極海が炭酸カルシウムを殻に持つプランクトンなどの海洋生物にとって住みにくい海になってしまっていることがわかりました。このようなことになった原因は二つあります。ひとつは人間の活動によって発生した二酸化炭素が増加したことによる海水の酸性化、そしてもう一つの理由は、近年の北極海での急激な海氷融解による海水塩分濃度の低下です。

 大気中の二酸化炭素が海洋にとけ込むと海水は酸性になります。酸性の海水中では炭酸イオンを消費して海水を中和する反応が起きますので、海水中の炭酸イオン濃度が減少します。殻を持つプランクトンや甲殻類、魚類の骨格や殻は炭酸カルシウムでできていますので、海水中の炭酸イオン濃度が減ると、殻の形成が十分にできなくなったり、逆に殻が海水に溶け出したりしてしまいます。したがって、炭酸イオン濃度の低下はこれらの海洋生物を危険にさらす可能性があるのです。

 さらに、北極海では海氷の減少が劇的に進行しています。氷は真水でできていますので、海の氷が溶けるということは北極海の海水が希釈されることになります。さらに海氷の融解は海水を薄めるだけでなく、氷に覆われることなく露出した水面を増やすことによって、二酸化炭素の溶け込みが活発化し、より一層海洋の酸性化を進めてしまいます。

 今回の観測海域では1997年から2008年の間に塩分濃度と炭酸カルシウム濃度の両者が明らかに低下しており、生物の殻が溶け出しやすい状態にあることが分かりました。海盆と呼ばれる水深の深い場所で、しかも非常に広い範囲でこのような条件で炭酸イオンの劇的な減少が確認されたのは今回が初めてのことでした。

 炭酸イオンの濃度が低い海水ではプランクトンが育ちにくいことが実験でわかっていますので、海洋での食物連鎖の基本となるプランクトンがもし減少すると、海洋生物の多くの種に対して本質的な変化をもたらすことが示唆されています。今のところプランクトンの減少は確認されていないと言いますが、今後の変化は楽観視できず、さらに、海洋は地球規模で循環しているため、このような影響が地球規模で広がる可能性もあります。

ちょきりこきりヴォイニッチ
今日使える科学の小ネタ

▼ブタゲノム塩基配列の概要解読が完了

 農業生物資源研究所と農林水産先端技術産業振興センター・農林水産先端技術研究所が共同で参加している国際ブタゲノムシーケンシングコンソーシアムは、ブタ全ゲノム塩基配列の概要解読を完了しました。ブタの全ゲノムは約27億塩基対からなりますが、今回の概要解読によりその約98%が明らかにされました。

 また、これに関連して、農業生物資源研究所を中心とした研究グループではブタの体内の諸器官で実際に発現している遺伝子の全長解読を行ってきており、これまでに10,000個以上の遺伝子の塩基配列を公開しています。今後、この情報を基に今回の概要解読されたゲノム配列のアノテーション(遺伝子の位置などの情報付加)の効率化・加速化が可能になります。これらのブタゲノム解析の成果によって、DNA情報を用いた良質で病気に強いブタ育種の加速化や、医療用実験モデル動物としてのブタの開発促進に貢献することが期待されます。

▼こんどはパンくず

 世界最強の粒子加速器LHCは、世界最先端の研究をするということがいかに大変でいかに予想もできないアクシデントの連続かと言うことを感じさせる話題を定期的に提供してくれるこの番組でも何かとお騒がせな存在ですが、今度は運転再開に向けた試験中に鳥が落としたらしいパンのかけらのせいで冷却装置が止まるトラブルがあったそうです。

 以前、物理学を学ぶ普通の女子大生がLHCの設計ミスを見ぬいた、という話題をお届けしましたが、今回はインターネットで公開中の試験データを見ていた人が装置の異常な温度上昇に気付いて通報したのだそうです。加速器機構は、トラブルを認め、「鳥は無事逃げたが、パンにはありつけなかった」と発表しました。

 今回のトラブルはショートした箇所を修復してすぐに復旧したということです。


今週の無料番組


ヴォイニッチの科学書は株式会社オトバンクが発行するオーディオブック番組です。
定期購読はこちらからお申し込みいただけます
このサイトでは番組のあらすじを紹介しています。無料で閲覧できます。
※FeBe!で定期購読をしていただいている方には毎週、ここで紹介するあらすじよりもさらに紹介した配付資料をお届けしています。今週は特別に、通常は会員限定の配付資料をどなたでも無料でダウンロードしていただけます。>>253.pdf


バックナンバー
   
Chapter 266 宇宙でがんばっている探査機たちに思いをはせる  
Chapter-265 伝統医学
Chapter-264 軌道エレベーターと宇宙太陽光発電 
Chapter-263 最近耳にしなくなったオゾンホールの現状と地球温暖化との関係
Chapter-262 金平糖のサイエンス 
Chapter-261 30分でわかるノーベル賞2009  
Chapter-260 リチウムイオン電池
Chapter-259 iPS細胞の応用研究
Chapter-258 月での水の存在
Chapter-257 早起き遺伝子と恐がり遺伝子
Chapter-256 グラフェン
Chapter-255 地球温暖化とちょこっと発電 
Chapter-254 水素から電子を取り出す新しい触媒の発見 
Chapter-253 水にも構造がある 
Chapter-252 食べものと体内時計の関係
Chapter-251 金縛りについて
Chapter-250 国際宇宙ステーション日本実験施設きぼう  
Chapter-249 脳神経科学の話題  
特別番組 山口県立山口図書館 ちょこっとサイエンス講座「宇宙人はなぜそのヘンを歩いていないのか?」 
Chapter-248 サリドマイドの生化学 
Chapter-247 太陽系外惑星探査の歴史と現状 
Chapter-246 氷核活性細菌
Chapter-245 一卵性双生児の最新科学 
Chapter-244 ダークマターとダークエナジー
Chapter-243 フローティングタッチディスプレイ
Chapter-242 トランスジェニックコモンマーモセット
Chapter-241 食感とおいしさの関係
Chapter-240 獲得形質の遺伝に似た現象
Chapter-239 マルチバースと人間原理


>> 「Mowton(放送終了)」はこちら

Science-Podcast.jp 制作






科学コミュニケーター 中西貴之(メール
アシスタント BJ

ヴォイニッチの科学書は
あなたの心に科学の火を灯します。

有料会員登録はこちらから


ご案内
ヴォイニッチの科学書ポッドキャストは有料コンテンツです
    ▼ダウンロードしていただくためにはオーディオブック配信国内最大手オトバンク社の「FeBe!」でお手続きをお願いいたします。月額525円です。
▼このページの閲覧は無料です。
インターネットラジオ局くりらじより配信中の「ちょきりこきりヴォイニッチ」は無料です。
お知らせ
まぐろぐヴォイニッチ
    お知らせなどはこちらに掲載しています。
twitter
    たいしたことはつぶやきません。


トップページ


本も書いてます



 このページはインターネット放送局くりらじが毎週放送している科学情報ネットラジオ番組「ヴォイニッチの科学書」の公式サイトです。放送内容の要旨や補足事項、訂正事項などを掲載しています。
 「ヴォイニッチの科学書」では毎週最新の科学情報をわかりやすく解説しています。番組コンセプトはこちらをご覧ください。>>クリック 

[この番組の担当は・・・]

ナビゲーター 中西貴之 obio@c-radio.net
 1965年生まれ
 島生まれの島育ち
 応用微生物学専攻
 現在化学メーカーの研究所勤務
 所属学会 日本質量分析学会 他
 日本科学技術ジャーナリスト会議会員

ナビゲーター BJ
 インターネット放送局くりらじ局長

 


↓こちらもご利用下さい↓