2008年8月2日 究極のエコ飛行機として、化石燃料を一切使わない飛行機を考えている人たちがいます。その飛行機は太陽電池のみを動力源として飛行するプロペラ機で、しかも、有人世界一周飛行に挑戦しようという野心的なプロジェクトが進行中です。 ヨーロッパの冒険家と企業集団によって開発中のこのプロペラ機はソーラーインパルス号といい、翼の幅が80メートルもある1人乗り飛行機です。このプロジェクトの中心人物はスイスの冒険家の家系に生まれた精神科医ベルトラン・ピカール氏で、彼は気球パイロットとして、1999年に気球で初のノンストップ世界一周飛行に成功した経歴を持っています。ピカール氏が太陽電池飛行機による世界一周飛行を考えたのはこの気球での快挙を達成した直後でした。そのきっかけのひとつとなったのが、気球は大量の液体プロパンを燃料として必要とするため、意外にもエコロジーではなかったという彼が受けた印象です。そこで彼は、太陽電池のみを動力源とするクリーンな飛行機を開発し、1時間ごとに100万トンもの化石燃料を消費する現代社会への警鐘を鳴らすと共に、無限に飛行を続けることのできる航空機という最先端科学技術へ挑戦しようとしています。 今計画されているソーラーインパルス号は、パイロットを含めた最大重量が2トンある大型機です。太陽エネルギーを使えない夜間飛行のために500kgのリチウム電池を搭載し、ベストコンディションで時速50〜100kmで飛行することが可能です。 ソーラーインパルス号を開発するにあたって懸案事項が二つあります。一つは夜間飛行をどうやって実現するのか、もうひとつは構造がグライダーに近いため気候の影響を受けるのではないかという点です。 夜間飛行については、夜間飛行を成功させた無人太陽電池飛行機はすでに存在していますが、有人太陽電池飛行機で一度に6時間以上バッテリーだけで飛び続けた例はありません。バッテリーを増量することは機体の重量が増加するためにできませんので、より効率の良いバッテリーの開発と共に、バッテリーの電力のみで飛行しなければならない夜間は、昼間に12km程度にまで高めておいた高度を徐々に下げることによる滑空を取り入れることによってバッテリーに蓄えられた電力の節約をしようと考えられています。 もうひとつの気候の影響の問題は、今回のプロジェクトにおける最大の課題です。ソーラーインパルス号はグライダーとは言っても、翼の幅が80メートルもあり、総二階建て超大型旅客機のエアバスA380よりも大きいのですが、重量はA380の580トンに対して、わずか2トンと軽量で飛行速度も遅いため、気流の影響を強く受けると思われています。空気力学上の高度な設計技術によって強風や乱気流に対応することができるように設計はされますが構造を強化するだけでは不十分です。 離陸は最もコンディションのよい時間帯を選んで行うことができますが、いったん飛び立ってしまえば、着陸できる場所は限られています。そのため、飛行経路の立案は非常に慎重に行われます。計画では、北回帰線に沿った飛行が熱帯の悪天候を避けつつ、飛行機が多くの日光を受けられるルートだと考えられています。そこで、どこをいつ離陸すれば世界一周の5日間理想的な気候に恵まれるかをコンピューターシミュレーションによって解析する研究も行われています。 2007年から行われているデータの解析と予測の結果、飛行中ベストなコンディションが続く飛行プランは立案不可能であることがわかりました。その結果、パイロットはコンピューターが予測したプランによって快適に飛行するのではなく、悪天候を避けるために臨機応変な操縦をしながら飛行しなければならないようです。そのため、窮屈なコクピットの中で孤独に耐えて操縦を続けることがパイロットに与える精神的や肉体的影響の予測や、その軽減策の検討が今後の課題として浮上しています。 ソーラーインパルス号の挑戦は多くの科学者の注目を集めています。 たとえば、エネルギー効率と軽さを追求した工学的視点からの興味や、ソーラーインパルス号の技術が将来、通信衛星の代替となる可能性のある無人太陽電池飛行機に応用できるのではないかと考えている研究者もいます。また、今回の挑戦がエネルギー消費についての人々の考えを変えることにつながるのではないかと言うことを期待している研究者もいます。 ソーラーインパルスプロジェクトの進捗状況は、すでに基本的な設計が終わり、2008年中に一回り小さい翼の幅が61メートルの試作機が製作される予定です。この試作機によって夜間飛行を中心に各種のデータが収集され、それらのデータをふまえて2010年に世界一周本番飛行用の2号機が完成することになっています。まずはアメリカ大陸横断や大西洋横断に挑戦します。計画では2011年5月に世界一周飛行へテイクオフすることになっています。そして、現時点で具体的計画は立てられていないものの、パイロット二人による無着陸世界一周も視野に入っているとのことです。 ちなみに、気になるのはパイロットの食事やトイレですが、食事は宇宙食のような軽食、トイレは化学処理の携帯トイレを使うそうです。
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