2008年6月21日 まずiPS細胞(人工多能性幹細胞)ってなんですか、ということですが・・・、iPS細胞は医薬品の研究や病気の治療に使うために、作り出された人間の細胞です。iPS細胞を使った治療方法は再生医療と呼ばれます。 再生医療は、病気で機能を失った臓器を、培養した細胞や、他人から取り出した細胞で置き換えることによって機能を回復させようという治療方法です。 現在の再生医療がどのように行われているかといえば、亡くなられた方から臓器を摘出して移植したり、腎臓や肺などのように、一部を失っても生命に影響のない臓器の場合は親や兄弟から臓器の一部を取り出して移植したりしています。 ところが、このような臓器移植で治療が可能なのは、臓器移植が必要な患者のごく一部でしかありません。というのも、患者の数に比べ臓器提供者が圧倒的に少ないからです。 そこで、細胞を試験管の中で増殖させて移植すればどうか、ということが考えられました。すでに重傷のやけどの治療で実施されている皮膚移植などはうまくいっている代表ですが、人間の組織の細胞を培養するのは非常に難しいので、培養細胞で治療できる病気はごくわずかです。というのも、臓器の細胞は、そもそも増殖する能力を失っていたり、増殖速度が非常にゆっくりだったりするので治療に使うほど大量の細胞を得ることができなかったり、体から取り出して培養するとヘンな細胞に変わってしまったりすることが普通だからです。 この問題を解決するために着目されたのが幹細胞と呼ばれる細胞で、幹細胞は新鮮な臓器細を供給する役目を持っています。ただし、これらは肝臓の幹細胞、皮膚の幹細胞などのように、臓器ごとに異なる幹細胞が存在していますし、幹細胞だけを試験管内に取り出すことが難しく、さらに、幹細胞が発見されていない臓器も多いので再生医療での実用化は白血病治療で使われる骨髄幹細胞以外はあまり進展していません。 以上のような再生医療の問題を解決できるのではないかと期待されているのがiPS細胞です。iPS細胞は幹細胞の中でも特に多能性幹細胞と呼ばれ、全身のあらゆる細胞に変化する能力を持っていることがわかっています。つまり、iPS細胞を入手すれば、そこから全身のあらゆる細胞を試験管内で作り出して再生医療に用いることができる可能性があります。iPS細胞を用いた実際の治療はまだ行われていませんが、実験動物を使った研究では、すでに病気の治療に成功したという報告もあり、近い将来の再生医療技術の中心をなすものとして期待されています。 話はさかのぼって、2007年11月、京都大学iPS細胞研究センター・センター長の山中伸弥・京都大学再生医科学研究所教授の研究チームが人間の皮膚細胞の性質を変化させ、体中のあらゆる細胞に分化する可能性を持つiPS細胞の樹立に成功したと発表し、このニュースは、世界中に衝撃を与えました。 なぜ衝撃を与えたかといえば、私たちの体を構成する細胞は、受精卵をスタート地点として、最終目的地である臓器や皮膚の細胞に変化していて、逆方向には変化しない、つまり、いったん皮膚や内臓の細胞になってしまえばその前の段階に後戻りすることはないと考えられていたからです。 そのため、iPS細胞が作り出されるまでは、最終目的地に到達する前の、スタート直後の細胞である受精卵を破壊することによって作るES細胞とよばれる万能性の細胞の研究が進められていました。けれど、iPS細胞が皮膚の細胞を元にしているのに対し、ES細胞はそのまま育てれば人間に成長する細胞のかたまりを破壊して作成するため、倫理的な問題を抱えていました。また、皮膚の細胞であれば治療を施す患者から取り出すことができますが、受精卵を患者から取り出すことは不可能です。したがって、他人の細胞を使って治療を行うことが基本となり、血液型がA型の人にB型を輸血すると拒絶反応を起こすのと同じ理由で、ES細胞を使った治療方法を考え出しても、拒絶反応を抑える追加的な治療が必要でした。iPS細胞はこれらの課題をクリアし、再生医療を大きく進歩させる画期的な成果と認められました。 また、ES細胞の別の問題点として、特許問題があります。ES細胞の特許はアメリカの企業が持っていますので、大学での研究成果を医療に応用することが難しい点や、医療技術として実用化された際に非常に高額な医療になる可能性があります。日本が先頭を走るiPS細胞技術がそのような一部の企業にのみ利益をもたらすものであってはならないと考えた日本の研究者らは、特許による知的財産の確保は日本で確実に行いながらも、得られた研究成果を共有し、各国が手と手を取り合って、iPS細胞を活かす道を探ろうと考えています。 iPS細胞を治療に使用する際の懸案事項として、緊急時に対応できないという問題があります。慶応大学医学部の研究チームによる報告では、脊髄損傷を再生医療で治療する場合、損傷を受けてから治療を行うまでの経過日数が早すぎても遅すぎても治療効果が落ちることが発見されており、損傷から9日後のタイミングで多能性幹細胞に由来する神経細胞を移植することが最適とされています。ところが、現在の技術では、患者のiPS細胞を新たに作り出すには数ヶ月を要し、9日間で患者のiPS細胞を作り出すことはできません。 そこで、治療に必要な細胞を迅速に患者に届けるために、あらかじめ、さまざまな種類のiPS細胞やそこから作り出した臓器細胞を用意しておき、緊急時にはそこから患者に適合するものを選んで治療に使おうというわけです。このように実際に使用できる細胞を早い段階で用意しておくことが、iPS細胞を用いた再生医療実用化の時期を早め、及ぼす効果を広げることになり、それが、1人でも多くの患者を救うことにつながるものと期待されます。
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