2008年9月13日 ヒトiPS細胞は多能性幹細胞と呼ばれる特殊な細胞です。この細胞は2007年11月に京都大学の山中伸弥教授によって発表されました。 受精卵は、そこから様々な臓器の細胞が作り出され、万能細胞と呼ばれます。当然ながら、臓器の細胞は別の臓器の細胞に変化することはできませんし、受精卵に戻ることもできません。ところが、そのような臓器細胞も、科学的な操作によって受精卵に近い状態に初期化することができることがある時わかりました。そのようにして初期化した細胞がiPS細胞です。iPS細胞からは神経や肝臓など全身のあらゆる細胞を作り出すことが可能で、臓器移植などの再生医療への応用が期待されています。 【参考】Chapter-182 ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立に成功 iPS細胞は多くの難病患者とその家族に「次世代の再生医療に革命を起こす技術、不治の病で苦しむ家族をこれで治療できるかも」と期待されていますが、実は、iPS細胞による難病治療の実現にはまだどれほどの年数がかかるか想像もつきません。 一方、iPS細胞の応用として今すぐにでも成果が現れる可能性があるのが新しい医薬品を作る研究への応用です。 新しい医薬品が安全かどうかの判断は、実験動物に薬を飲ませることによって行われています。にもかかわらず、実際に市販されると思わぬ副作用が現れ、患者を苦しめることがあります。最近の研究で、それらの多くは患者の遺伝子が他の人と異なるために起きる、ある、限られた人に特徴的なものであることが多くのケースで確認され始めました。そのような副作用は人間特有のものですので、動物実験をいくら繰り返してもそれを発見することはできません。 iPS細胞は皮膚など、細胞提供者を傷つけることなく取り出せる細胞から作り出すことができますので、大勢のボランティアから様々な遺伝子のバリエーションを持つiPS細胞を作り出すことができ、それらを実験材料として遺伝子の違いが副作用に与える影響などに関する研究を進展させることができます。 iPS細胞を用いた再生医療として多くの人に期待されているのは、患者の細胞からiPS細胞を経由して移植に必要な臓器を作り出すことです。 ところが、そのような高度な再生医療が実現する目処はまだ立っていません。理由はいろいろありますが、そのひとつにiPS細胞そのものの安全性がまだ確保されていないという問題があります。現在のiPS細胞は初期化に必要な遺伝子を患者細胞にウイルスを用いて組み込むことによって作られています。このウイルスが患者のゲノムを破壊する可能性があるなどいくつかの要因によって治療に用いる細胞がガン細胞に変化することがあります。これを回避するために、世界中の研究者によってガン細胞に変化しないiPS細胞の作成方法の研究が進められていますが、まだ成功したチームはいません。 安全性の問題が解決されたと仮定して、まず取り組まれるのがセミオーダーメイド医療です。iPS細胞にも拒絶反応はあり、誰の細胞でも患者に移植できるわけではありませんが、本人の細胞でなければ絶対治療に使えないかと言えばそうではなく、適合性検査に合格すれば他人のiPS細胞でも移植できるものと思われます。そこで、いろいろな種類のiPS細胞をあらかじめ用意したiPS細胞バンクを構築し、患者にはそのラインナップの中から適合性が最も高い細胞を用いて、セミオーダーメイドな治療を行うことによって、拒絶反応を避けつつ、迅速な治療を行うという方針による治療方法がとられるものと考えられます。 そのようなセミオーダーメイド医療の次の段階に来るのがフルオーダーメイド医療です。例えば、脊髄損傷の患者から皮膚細胞を採取し、iPS細胞を経由して神経細胞あるいは神経幹細胞を誘導し患者に戻すような、これまでは不可能だった自分の細胞から臓器を新たに作り出して自分に移植するという画期的な臓器自家移植医療です。 日本初の夢の医療技術ヒトiPS細胞は2007年11月の発表からまだ1年が経過していませんが、世界各国の研究者によって精力的な取り組みが行われ、iPS細胞樹立の別の方法や、患者細胞からのiPS細胞の作成に成功など興味深い発見もたくさんあります。これらの研究成果が一日も早く結実して、より安全で効果の高い、革新的な医療技術の誕生が待ち望まれます。
|
Science-Podcast.jp
制作
このページはインターネット放送局くりらじが毎週放送している科学情報ネットラジオ番組「ヴォイニッチの科学書」の公式サイトです。放送内容の要旨や補足事項、訂正事項などを掲載しています。 [この番組の担当は・・・] [他局の科学番組] |