2009年2月21日
Chapter-229 ジョージ・ガモフの「不思議の国のトムキンス」
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ジョージ・ガモフはロシア生まれの20世紀前半に活躍した物理学者で、ものすごい発見をたくさんしているのですが、ビッグバンの証拠となる宇宙背景放射を予言したのものこの人です。一方で、優れた科学解説書を多数書いた学者としても有名です。ある時彼は「不思議のトムキンス」という不思議なタイトルの本を出版しました。この本は一般の人に向けて相対性理論に基づく宇宙の湾曲と膨張宇宙についてわかりやすく解説することが目的の本でした。
物語の主人公はC.G.H.トムキンスさんというとある大きな銀行のしがない事務員です。相対性理論が導く現象は不思議なものが多いのですがそれを誇張して表現し、トムキンスさんにもわかってもらうことを通して読者の理解を促そうという展開になっています。
ある日トムキンスさんは、大学の公開講座に出かけました。演題はアインシュタインの相対性理論でした。
私たちが住むこの世界には速度の限界というものがあります。それが光の速度で、ほぼ秒速30万キロなのですが、いかなる物体も光の速度を超えた速さで移動することはできません。また、物体が光の速度に近い速さで移動すると不思議なことが起きます。たとえば、棒の長さが縮んだり、時計が変な進み方をしたりという現象です。
講義を聴いていたはずのトムキンスさんはいつの間にか眠ってしまっていたようで、ふと目を覚ますとバス停のベンチに座っていました。すると、遠くから自転車に乗った紳士がこちらに向かって近づいてきます。その自転車が近づくにつれてトムキンスさんは驚いて目を見張りました。自転車に乗っている人は自転車ごと進行方向に圧縮して平べったくなっていたのです。
街の時計台の鐘が鳴りました。時刻は午後5時です。その人は、時間に遅れていることに気がついたのか、ペダルをこぐ足に力を入れました。そうして自転車が加速すると、なんとその人の厚さはさらに薄くなり、ついにトランプの絵札から切り取った人物のように薄っぺらになってトムキンスさんの前を通り過ぎていきました。
相対性理論の講義を受けていたトムキンスさんはそれをすぐに理解しました。
「そうか、この世界は物体が移動する速度の限界が低いのだ」
トムキンスさんはこの世界のことをもっといろいろ知りたくなって、先ほどの自転車の紳士を追いかけて話をしようと思いました。そこで、近くにあった自転車に飛び乗り、全力で自転車をこいだのです。トムキンスさんは自分のからだがトランプみたいにぺらぺらになるのはどんな気分だろうと期待したのですが、不思議なことに自分も自分が乗っている自転車にも何も変化は起きず、トムキンスさんの中年太りは
そのままでしたし、自転車は1メートルくらいの長さがありました。
ところが、街の景色は全く変わっていたのです。道の両側に並ぶ商店はまるで鉛筆のように細くなっていますし、通りで立ち話をしているご婦人はトランプの絵札の人物のようにぺらぺらになっています。トムキンスさんは気がつきました。
「そうか、これが相対性なのか。私に対して相対的に動いているものが何でも薄っぺらになるんだ」
トムキンスさんは自転車の紳士に追いつくべくペダルをこぐ足にさらに力を入れましたが自転車はちっとも速くなりません。これが速度に限界があると言うことだったのです。
やっとの思いで紳士に追いついたトムキンスさんは紳士と並んで自転車をこぎながら、あいさつをしようと思って紳士を見てまた驚きました。さっきまでトランプみたいなだった紳士が今は普通に見えたからです。
「そうか、同じ速さで自転車をこいで横に並んだから、相対的な速さがゼロになったのか」
トムキンスさんはすぐに理解しました。トムキンスさんは彼に言いました。
「速度の限界がこんなに低い世界では移動が不便だね」
すると彼は不思議そうな顔をして言いました。
「速度に限界?私は全力で自転車をこいでもう隣町まで来たのですよ」
トムキンスさんも負けてはいません。
「隣町まで来たと言っても、自転車はのろのろ走ってただけで、街の方が鉛筆みたいに細くなってたじゃないか」
「それがどうかしたんですか?自転車を早くこげば街の距離が縮んで目的地に早く着くことの何が問題なんですか?」
トムキンスさんがこの街の時計台の時計を見ると5時30分でした。トムキンスさんが目を覚ました街の時計台の時計は5時を指していたはずです。
「隣町まで来るのに30分もかかってるじゃないか、もっと早く移動できればこんなに時間はかからなかったはずだ」
そういうトムキンスさんに紳士は言いました。
「あなたはそんなに長い時間自転車をこいでいましたか?」
そう言われてトムキンスさんが自分の腕時計を見るとなんと、5時5分でした。自転車をこぎ始めてから5分しかたっていません。トムキンスさんは紳士に尋ねました。
「この街の時計台の時計はすすんでいるのかい?」
紳士は
「あんまり速く走ったのであなたの腕時計が遅れているとも言えますけどね」
そう言い残して紳士が入っていったのは駅でした。
ちょうど列車が到着したところです。トムキンスさんが列車から降りてくる乗客を眺めていると、ホームに立っていたおばぁさんが
「おじいさん!」
と言いながら列車から降りてきたばかりの若者のそばに駆け寄りました。おばあさんは言いました。
「おじいさん、おかえりなさい」
その若者は言いました。
「おぉ、孫娘じゃないか。もう一度会えて良かった」
不思議に思ったトムキンスさんは二人の元へ歩み寄り、若者に声をかけました。
「突然で申し訳ないのですが、あなたはこのご婦人のおじいさんなのですか?」
その若者は答えました。
「そうです、私は仕事でしばしば列車で旅をしなければならないので、街に住んでいる家族よりもゆっくり歳を取るのですよ。今回の仕事は遠くの街だったので孫娘が生きている間に戻れるかどうか心配だったのですが間に合った良かった。ではこれで失礼しますよ」
そういって二人は去っていきました。
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